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morishigeの人生 〜self reliant (自立)〜


1984年、兵庫県姫路市テツオ産婦人科にて誕生。3300グラムと周りに比べると少し大きな男の子の割りに、陣痛が来てから1時間で出産という異例の早さでの誕生。

保育園の登下校中に初めて目を開けるという感覚を知る。同時に視界を得る。当時4才。
現在もそうだが、子供の頃もやんちゃボウズで、机に座って勉強するよりも外でゴムボール野球やキックベースボールをして遊ぶのが大好きで、落ち着きがない少年。

それゆえケガも多かった。

小学生の頃の夏休み、ラジオ体操を終えた帰り道に、当時流行っていた<スーパーボール>で遊んでいた。僕は何かの不意に道端の溝にそのボールをはめてしまった。ボールを拾うため、ゆーしぇーくん(隣のお兄ちゃん)に溝の鉄板を持ち上げてもらっていたが、あまりの鉄板の重さにゆーしぇーくんの握力が限界に達し鉄板を放される。同時に僕の小指が鉄板と鉄板の間に挟まり骨折。

近所の公園で仲間と遊んでいる最中に、当時”公園の網の上を歩く”遊びが流行っていて、友人の一人が金棒!?を持ったまま歩いている最中に誤ってその金棒を落下させ、下にいた僕の頭に直撃。気を失い泡をふく。現在も頭の形がおかしい。

運動のし過ぎで股関節に水が溜まる。(小3と小5) 1.5リットルのペットボトルの大きさぐらい注射器で水を抜かれる。小3の頃、「ちょっとだけ水抜くだけやからねぇ」と言われ安心しながらも痛さで失神。小5の時は前回の痛さを知っているので病院で先生の顔を見た瞬間自然と涙。案の定‥失神。

兄貴(ここではissei)の影響もあり「野球」と出会う。ここで仲間や団結力の大事さや大切さを培う。マナーも身に付ける。
中学生時代は勉強もせず野球に明け暮れる。この頃からプロ野球選手になりたいと意識し始める

高校は姫路では野球の名門の東洋大姫路に入学。地元や近畿地方の野球バカな猛者どもが集う。3年間、正月の三が日以外は毎日朝の5時〜夜は日が回るまで練習漬け。根性と体力と筋肉はここで培った。上下関係も身に付ける。
レギュラーにはなれたものの、全国の選手を見てプロの道は険しすぎると感じプロ野球選手の夢は断念。一人途方に暮れる。

卒業後、野球で内定していた企業も蹴る。具体的に何がしたい!と言えるものがなかったので、とりあえずは高収入の仕事から探す(アリさんマークの引越社、知り合いのコンピューター関係の仕事etc‥)

今はやりたい事が明確になって(僕たち3人の夢)、それを実現する為に株式会社リクルート ホットペッパー部門で働き、お店のオーナーや店長に色々な話を聞かせてもらっている。またリクルートの概念も盗んでいる最中!

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